狩野周信
【枯木木菟図】

ミミズクの漢名である木兎は「樹上性の兎」の意味があり、羽角をウサギの長い耳になぞらえたものだと言われています。実物は風格のある佇まいですが、こちらに描かれたミミズクはつぶらな瞳と長い羽角により、まさに江戸動物画ならではの可愛さに溢れています。
作品番号
D22-031
作品名
枯木木菟図
作者
狩野周信
作品詳細
紙本水墨淡彩 箱入 34.5×88 48.5×189cm
本紙下部修復痕
作家略歴
江戸中期の狩野派の絵師。狩野常信の長男。弟に狩野岑信、子に狩野古信。幼名は生三郎、初名は右近、泰寓斎・如川等と号する。父の没後、跡を継いで木挽町狩野家三世となる。法眼に叙せられて中務卿と称し、幕府の御用絵師として江戸城障壁画制作、朝鮮への贈呈屏風制作などに携わり活躍した。享保13年(1728)歿、69歳。
価格
180,000円

狩野周信
【枯木木菟図】

ミミズクの漢名である木兎は「樹上性の兎」の意味があり、羽角をウサギの長い耳になぞらえたものだと言われています。実物は風格のある佇まいですが、こちらに描かれたミミズクはつぶらな瞳と長い羽角により、まさに江戸動物画ならではの可愛さに溢れています。
作品番号
D22-031
作品名
枯木木菟図
作者
狩野周信
作品詳細
紙本水墨淡彩 箱入 34.5×88 48.5×189cm
本紙下部修復痕
作家略歴
江戸中期の狩野派の絵師。狩野常信の長男。弟に狩野岑信、子に狩野古信。幼名は生三郎、初名は右近、泰寓斎・如川等と号する。父の没後、跡を継いで木挽町狩野家三世となる。法眼に叙せられて中務卿と称し、幕府の御用絵師として江戸城障壁画制作、朝鮮への贈呈屏風制作などに携わり活躍した。享保13年(1728)歿、69歳。
価格
180,000円


left
no-repeat;left top;;
auto


left
no-repeat;left top;;
auto


no-repeat;left top;;
auto


left
no-repeat;left top;;
auto


left
left
no-repeat;left top;;
auto
40px 20px 40px 20px


left
left
no-repeat;left top;;
auto
40px 20px 40px 20px

Heading

この作品をご覧の方は、他にもこのような作品をご覧になられています。

center
no-repeat;left top;;
auto
0 8%

6
masonry-hover
3
date
DESC