竹内栖鳳 初夏
2026年2月4日

岸竹堂
【親子鹿図屏風 六曲一双】

明治期の京都画壇で、森寛斎・幸野楳嶺とともに三巨頭の一人として活躍した竹堂。虎図を得意としましたが、こちらの作品では鹿の生き生きとした愛らしさも存分に描き出しています。この作品は京都府立総合資料館で開催された『岸竹堂とその芸術』展に出陳されました。
作品番号
D-182
作品名
親子鹿図屏風 六曲一双
作者
岸竹堂
作品詳細
紙本着色金砂子 各 360 × 155.5 各 376 × 172.5 cm
本紙少シミ・少傷ミ・少虫穴 裏少傷ミ
『岸竹堂とその芸術』(京都府立総合資料館 昭和54年)展出陳並同図録所載添付
作家略歴
幕末~明治の日本画家。近江生。本姓は寺居。名は昌禄、字は子和、通称は八郎、号は残夢・虎林など。彦根藩士の子として彦根に生まれ、はじめ京都に出て狩野永岳に学んだ。のち岸連山に師事し、連山の娘と結婚して養子となり、岸派の四代目を継いだ。鳥獣画を描いて特に虎を得意とし、明治期の京都画壇で森寛斎、幸野楳嶺とともに3巨頭の1人に数えられた。帝室技芸員。明治30年(1897)歿、72歳。
価格
750,000円

岸竹堂
【親子鹿図屏風 六曲一双】

明治期の京都画壇で、森寛斎・幸野楳嶺とともに三巨頭の一人として活躍した竹堂。虎図を得意としましたが、こちらの作品では鹿の生き生きとした愛らしさも存分に描き出しています。この作品は京都府立総合資料館で開催された『岸竹堂とその芸術』展に出陳されました。
作品番号
D-182
作品名
親子鹿図屏風 六曲一双
作者
岸竹堂
作品詳細
紙本着色金砂子 各 360 × 155.5 各 376 × 172.5 cm
本紙少シミ・少傷ミ・少虫穴 裏少傷ミ
『岸竹堂とその芸術』(京都府立総合資料館 昭和54年)展出陳並同図録所載添付
作家略歴
幕末~明治の日本画家。近江生。本姓は寺居。名は昌禄、字は子和、通称は八郎、号は残夢・虎林など。彦根藩士の子として彦根に生まれ、はじめ京都に出て狩野永岳に学んだ。のち岸連山に師事し、連山の娘と結婚して養子となり、岸派の四代目を継いだ。鳥獣画を描いて特に虎を得意とし、明治期の京都画壇で森寛斎、幸野楳嶺とともに3巨頭の1人に数えられた。帝室技芸員。明治30年(1897)歿、72歳。
価格
750,000円

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