中島来章 水草鯉
本如上人 鴉之図

英一蝶
【藁屋飼馬】

藁屋の側で草を食む馬を水墨表現で描いています。北窓翁という号から、英一蝶晩年の作であることが分かります。大倉好斎の極有。
作品番号
D20-050
作品名
藁屋飼馬
作者
英一蝶
作品詳細
絹本水墨淡彩 箱入 43×107 55×194cm
本紙シミ・修復痕 大倉好斎極
作家略歴
江戸中期の画家。京都生。名は信香。剃髪後に多賀朝湖と名乗る。字は駿、通称を助之進、号に朝湖・牛麿・翠蓑翁等。名を英一蝶、画号を北窓翁に改めたのは晩年、流罪を赦されて江戸に帰ってから。寛文6年頃に一家で江戸へ移り、周囲に絵描きとしての才能を認められて狩野安信に学ぶがのち破門。その一方、暁雲の号で俳諧師としても名高く、宝井其角、松尾芭蕉らと交友を持った。その後は入牢、三宅島配流と二度の憂き目に遭いながらも江戸に帰還。人気絵師として数々の大作を手がけた。享保9年(1724)歿、71歳。
価格
250,000円

英一蝶
【藁屋飼馬】

藁屋の側で草を食む馬を水墨表現で描いています。北窓翁という号から、英一蝶晩年の作であることが分かります。大倉好斎の極有。
作品番号
D20-050
作品名
藁屋飼馬
作者
英一蝶
作品詳細
絹本水墨淡彩 箱入 43×107 55×194cm
本紙シミ・修復痕 大倉好斎極
作家略歴
江戸中期の画家。京都生。名は信香。剃髪後に多賀朝湖と名乗る。字は駿、通称を助之進、号に朝湖・牛麿・翠蓑翁等。名を英一蝶、画号を北窓翁に改めたのは晩年、流罪を赦されて江戸に帰ってから。寛文6年頃に一家で江戸へ移り、周囲に絵描きとしての才能を認められて狩野安信に学ぶがのち破門。その一方、暁雲の号で俳諧師としても名高く、宝井其角、松尾芭蕉らと交友を持った。その後は入牢、三宅島配流と二度の憂き目に遭いながらも江戸に帰還。人気絵師として数々の大作を手がけた。享保9年(1724)歿、71歳。
価格
250,000円

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