佐野光穂 梅花小禽図
2020年5月21日
西村五雲 粟鶉
2020年5月21日

狩野芳崖
【菊蝶図】

楚々と佇む一本の菊と、そこに今舞い降りんばかりの一羽の蝶。無駄のない最小限の筆致で見事な空間を演出しています。狩野芳崖門下の日本画家、本多天城の箱書有。
作品番号
D20-015
作品名
菊蝶図
作者
狩野芳崖
作品詳細
紙本着色 本多天城箱書 51×38 64×131cm
本紙修復痕有
作家略歴
幕末~明治の日本画家。山口県生。幼名は幸太郎。名は延信、雅道。号は松隣、皐隣。長府藩御用絵師・狩野晴皐の子。狩野勝川院の門に入り、橋本雅邦と並び称された。また、フェノロサに出会って以後、西洋画の写実技法や明暗法を取り入れ、日本画の新しい可能性を追求した。また東京美術学校の設立にも尽力した。絶筆「悲母観音」は近代日本画の代表作。明治21年(1888)歿、61歳。
価格
350,000円

狩野芳崖
【菊蝶図】

楚々と佇む一本の菊と、そこに今舞い降りんばかりの一羽の蝶。無駄のない最小限の筆致で見事な空間を演出しています。狩野芳崖門下の日本画家、本多天城の箱書有。
作品番号
D20-015
作品名
菊蝶図
作者
狩野芳崖
作品詳細
紙本着色 本多天城箱書 51×38 64×131cm
本紙修復痕有
作家略歴
幕末~明治の日本画家。山口県生。幼名は幸太郎。名は延信、雅道。号は松隣、皐隣。長府藩御用絵師・狩野晴皐の子。狩野勝川院の門に入り、橋本雅邦と並び称された。また、フェノロサに出会って以後、西洋画の写実技法や明暗法を取り入れ、日本画の新しい可能性を追求した。また東京美術学校の設立にも尽力した。絶筆「悲母観音」は近代日本画の代表作。明治21年(1888)歿、61歳。
価格
350,000円

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